2023/02/01
前回に引き続き、キム・ヨセフさんのオンラインセミナーの講演内容を掲載しています。
前回は「苦難の行軍」の中、家族の死別を経験されたところまでを紹介しました。
■必死に働き、必死に生きた10代
その後、僕は祖父母の家に戻り、山に行って薪を集めて売ったり、あるいは山の方に行って小さな畑を作って農事をやるなり、薬草を掘って売るなり、もうとにかく何かできることは全てやるような、それが10代の僕でした。
秋になると収穫を終えた畑に行き、見落とした作物を拾って集めたり、川にいって砂から砂金を集めたり、もうそういう十代なので、小学校3年くらいまでは通いましたが、それ以降は学校に行けませんでした。北朝鮮は中学と高校が一緒になっていますが、高校も行くことができずに、ずっと働くという生活で10代を送っていました。
■亡くなったと思っていた父が送ってきた脱北ブローカー
18歳になった時、あるブローカーが僕のところに来て、父から頼まれてきたと言いました。そして「自分たちと一緒に行けば父にも会えるし、こんな生活はもうやらなくていいよ」という話をしました。
僕の10代は、毎日働かないといけないような毎日だったので、もう少し遊びたい時もあったし、子どもとしてやりたいことが全くできないような毎日だったので、当時、もし今のこの飽きた生活から離れて、何か別の生活ができるのであれば、一度そういうことをやってみたいというのもありました。
また、その時まで、父もどこかで亡くなったものと僕は思っていました。それで父が本当に生きてるかどうかも確認したいというのがあって、その時に、ブローカーと一緒に行くことにしました。
それが1回目の脱北だったのですが、その時は2003年の冬でした。ブローカーと一緒に国境の地域まで行くことに成功して、自分が住んでいた地域と離れたのも、初めてでした。子どもの頃に平壌に一回行ったことがありましたが、それ以来、久々に自分の住んでいた地域を離れることになり、国境地域に着いたのですが、それまでに見たこともない世界をそこで経験しました。
■国境地域で初めて知った北朝鮮の外の世界
僕が住んでいた町では電気も通らないし水もないし、本当に原始時代のような生活を毎日していました。しかし国境地域に行ってブローカーの家に何日か泊まっていると、海外の映画やドラマも含めて、僕が住んでいた地域では経験できない世界がそこに待っていました。
この方たちは海外との密貿易みたいなことをやって、かなり豊かな生活をしていました。父と電話で話したのですが、有線電話も固定電話も使ったことがないのに、国境地域に行って携帯で、しかも中国どころか韓国に住んでいる父と、8年ぶりくらいで通話ができました。そういう経験が、その時、僕にはすごくショックでした。
■ブローカー同士のトラブルで保衛部に捕まり、留置場で生活
それで、脱北というのは、北朝鮮から見たらやってはいけない裏切りであり、かなり重い罪になるのですが、それでも何とか、その現実から逃げたいということと、父に会いたいという気持ちになりました。それで、北朝鮮では経験できない生活も、その数日間は経験したのですが、その後、ブローカー同士のトラブルによって脱北ができず、一回目は保衛部に捕まることになってしまいました。
脱北に失敗するというのは、北朝鮮では普通の刑事犯とは違う政治犯扱いをされて、かなりひどい扱いを受けます。保衛部はすでに、僕の目的地や、父がどこにいるのかなど全てを知っていました。ブローカーは2人いたのですが、そのうちの一人が密告したためです。それで保衛部の中に入ってかなりきつい扱いをされました。冬は−20℃くらいまで下がる白頭山の近くだったのですが、そういう暖房もない留置所の中で、二ヶ月くらい生活をしました。色々と調査を受けた後、三ヶ月後くらいに、祖父母の元々住んでいた家に戻れました。
■北朝鮮の「連座制」
最初に祖父母の家を離れる時は、祖父母に「父に会いに行く」とか「脱北するために行く」などという話を何もせずに国境に向かって行きました。結局失敗して3ヶ月ぶりにまた住んでいた祖父母の家に戻ると、祖父母は急にいなくなったということでショックを受けていました。そして僕は僕なりに祖父母が一番厳しい時期に自分を預かってくれて、祖父母のおかげで生き延びることができたのに、結局、祖父母のもとを離れる時に何も言わずに家を出たというのも、すごく申し訳ないという気持ちがありました。それで、その時は、自分の中でもすごく情けないという気持ちでした。
北朝鮮では、誰かが脱北したりあるいは国に対して政治犯罪をした場合、家族まで一緒に処罰される連座制という制度があります。
祖父母にも親戚にも何も言えずに出て、周囲に対してすごく迷惑をかけた上、結局は失敗して戻ったため、すごくつらい気持ちでした。一回目の脱北を失敗したその辛い経験から、その後5年くらいはすごく一生懸命に、真面目に、元々住んでた地域に戻って生活をしました。
■外の世界を忘れられず、二度目の脱北を決意
そして5年程たった頃、その時僕の中でどうしても二つの葛藤がありました。一つは一回目に捕まってすごく怖い、辛い経験をしたため、もう二度と同じことにチャレンジしたくないっていうのもありました。もう一つはその国境地域で見た北朝鮮以外の国に、もし成功したら、韓国の映画とかドラマに出てくるような社会で僕も暮らせるのに、という気持ちがありました。それでまた行きたいという気持ちもあったのですが、その反面、失敗したらすごく辛い経験をすることになりますし、今度こそ捕まったら、もうタダでそこから家に戻ることはできないし、収容所に送られるか死刑になるか、どちらかになるというのも知っていたので、その時はすごく迷いました。
しかし結局僕の中で、一度きりの人生で、本当にこの先、北朝鮮でずっとこの生活をするのかということで、迷いもありながらも、もう一回チャレンジすると決心しました。四年間暮らした後、準備をして、そして五年になる時にもう一度、二回目の脱北をすることにしました。それが2008年でした。
今度こそ失敗したらこれで終わりにしようと、北朝鮮でネズミ薬と呼ばれていた薬を用意しました。それを二つ買ったのですが、偽物が多くて本物かどうかを確認しないといけません。本当にいざ使うというタイミングで、それが偽物で失敗したらまずいので、二つのうち一つを試したところ、本物でした。二回目の脱北も一回目と同じく親戚の誰にも「ここを離れて脱北します」と言えずに、祖父母にも何も言えずに、住んでいた 地域から離れて、脱北ができる国境地域まで向かいました。そこでなんとかブローカーと繋がりができて、2008年の4月でしたが、北朝鮮から離れることに成功しました。
■12年ぶりに父と通話、東南アジア経由で韓国へ
中国に入ると父と連絡が取れて、当時、父が韓国から中国に来て、12年ぶりに中国で父と会うことができました。当時は北京オリンピックがあり、すぐに韓国まで行けずに、中国でちょっと落ち着くまで半年くらい、遠い親戚がいたため、そこで生活していました。北京オリンピックが終わった後、2008年の末頃に父がまた韓国から来て、東南アジア経由で韓国まで来ることに成功しました。
2009年1月に韓国に入国して、韓国で4年間暮らすことになりましたが、やっぱり韓国というのは同じ民族と言っても、70年ほど政治体制が違って、言語も通じるし見た目も同じですが、北と南に分かれていて、それぞれ文化も少し変わっていました。
多くの脱北者にとって一番の生き辛さを感じるのは、やはり社会のことが何もわからないということと、周りに親戚もいないし、全く初めての始まりの時点というのは、それほど楽しくはありません。中国にいる時は、「韓国まで行けばなんとかなる」と期待も大きいのですが、実際の韓国の生活はそれほど夢の世界みたいな、何でもやったらすごくお金持ちになる、というような環境ではありません。
僕にとっては別にそれが悪いとか、すごく生きにくいという訳ではないのですが、大体の脱北者はそういう風に思う人も多いです。僕は父が先に脱北し、すでに父は数年以上、韓国社会に住んでいてある程度は韓国について知っているし、その父のおかげで僕はそこまで苦労はせずに、一応定着することができました。
【キムさんのYoutubeチャンネル】
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