2020/08/03
■北朝鮮に秋波を送るトランプ政権
この4月に北朝鮮の金正恩労働党委員長の「重体説」が、世界を駆け巡り、世界の耳目が北朝鮮に向けられた。5月1日に順天のリン酸肥料工場完工式に金委員長が表向き元気な姿を現し、北朝鮮有事はいったん収まったかに見えたが、今度は韓国側から、脱北者団体が金正恩独裁体制を非難する大量のビラを北に向けて散布。この内容に金委員長が激怒、南北関係改善の象徴とされる南北共同連絡事務所を派手に爆破するという荒療治をやってのけた。
次は、対南軍事行動を予告したものだから、すわ軍事境界線の韓国側地域では、戦争危機に対応するのに大わらわの事態が起き、南北関係は一気に緊張が走った。その直後、金委員長の指示によって軍事行動は保留とされ、韓国側も自制した対応をとったため、再び南北関係は小康状態を保っている。
ベトナムにおける2回目の米朝首脳会談が決裂し、その後の非核化実務協議も進まず、米朝交渉はこう着状態に陥っている。北朝鮮の非核化は、頓挫したかに見える。だが、 11月の大統領選挙を前にして劣勢が伝えられるトランプ大統領としては、コロナ禍、経済悪化による大失点を挽回し、勝利するために残されたカードは北朝鮮核・ミサイル問題しかない。どうにか、金委員長との再度のトップダウン方式の首脳会談をやってみたいと考えているようだ。
トランプ大統領は7月9日、米政府系放送のVOA(ボイス・オブ・アメリカ)を通じて、北朝鮮が核実験や大陸弾道弾ミサイル(ICBM)を再開する可能性がありうるとし、北からの脅威について米国民の覚せいを促しつつ、それを止めている成果を自慢する一方、北朝鮮の非核化進展に「役立つなら、再び会談する用意がある」と北に秋波を投げかけた。
■「敵視撤回」を求める北朝鮮は冷淡姿勢
しかし、北の反応は冷たかった。寧辺核施設廃棄などの措置に対して何らの見返り、制裁緩和も与えられず不満が増大している北朝鮮は、今や金委員長の代弁人となった実妹、金与正党第1副部長がすかさず反応、「米国の決定的な立場の変化がない限り、米朝首脳会談は不必要で、われわれには無益だ」と突っぱねた。但し、「非核化をしないというのではなく、今はできない」とし、米側が、「不可逆的な重大措置」で応じてこそ可能だと強調し「敵視政策撤回」を求めた。条件付きながら、再度の米朝首脳会談に色気を見せた。
チャンスありとみたトランプ政権は、北朝鮮担当特別代表のビーガン国務副長官を韓国に派遣し、文在寅大統領の橋渡しを狙ったが、これには北が、カウンターパンチを浴びせた。北朝鮮外務省の権正根米国担当局長が談話を発表、「再度、明確にしておくが、われわれには米国人らと対座する考えはない」とつれない態度を見せた。文大統領の仲介の意欲についても「出しゃばるのをやめよ」とはねのけた。
すでに北朝鮮の崔善姫第1外務次官が7月4日の談話で、米国は米朝対話を自らの政治的危機に対処するための道具としか考えていないとし、「対座する必要などない」と、トランプ大統領の選挙勝利の利用物にはならないとはねのけた。ここに至って、北朝鮮非核化の展望は行き詰まったかのようだ。
■「制裁緩和」のための再度の政治ショー
ところが、トランプ大統領の外交安保補佐官を務めた対北強硬派のジョン・ボルトン氏が7月28日、ニューヨーク・デイリー・ニュースへの寄稿文で「10月のサプライズ」として第4回トランプ―金正恩首脳会談が開かれる可能性がある」と見通した。
ボルトン氏によれば、北朝鮮の核兵器開発計画堅持への意思は強固だ、一連の核協議は北朝鮮が経済制裁緩和を目指したに過ぎない。11月の大統領選に向けてトランプ氏の支持率が低迷した場合、土壇場の起死回生を目指して再び会談する可能性があるという見立てである。
では、実際のところ、米大統領選まであと残すところ3か月しかない切羽詰まったこの時期に再度の米朝首脳会談はありうるだろうか。
それは、大いにあるとみられる。北朝鮮が会談に応じる理由を挙げてみよう。
第1に、民主党候補のバイデン氏が勝てば、対中融和政策をとる可能性が高く、対北制裁に対する中国の圧力も強まり、北には、相当不利に作用するからだ。さらに、北の核放棄に対しては、民主党は共和党に勝るとも劣らず強い姿勢を持っている。いざとなれば、トランプ大統領よりも強いトーンで対北軍事攻撃に踏み切ることもありうるからだ。北は、核保有国として強い核抑止力を持ったと表面的には強がっているが、もともと、実際に使用目的ではなく脅し用の瀬戸際外交目的に核開発してきたものであり、米国の軍事攻撃を何よりも恐れている。2度と戦争をしたくないのが本音である。
第2に、社会主義計画経済失敗の上、コロナ禍、制裁も加わり、経済が行き詰まっており、このままでは、人民の不満が募り、いつ爆発するかもしれない瀬戸際に立っている。金委員長が経済成長、人民生活向上を何度も何度も約束してきた以上、何とか経済を好転させたい。そのためには制裁継続の米朝関係悪化は決して望ましくない。
すぐの核廃棄でないなら、制裁緩和のためなら、首脳会談を演じてトランプ大統領に花を持たせるぐらいは、お安いご用である。コロナ禍を理由とする夏の米韓合同軍事演習の規模縮小、中止、延期は、北を首脳会談に誘う絶好の好機である。
しかし、たとえ第4回米朝首脳会談が開催されようとも、互いの政治的駆け引きのショーである限り、実質的な非核進展は望めず、米大統領選の勝敗の如何に関わらず、引き続き、米朝間の軋轢は続くことになろう。(東アジア総合研究所理事長 姜英之)